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高円寺の小ぢんまりとした園芸店で、子供のころ図鑑で見れ焦がれた「あの植物」が売っていた。
GR-DIGITAL 「ハエトリソウ」 記憶にあるのは、ハエトリソウの熊手にダンゴムシがぱっくりと挟まれて、溶かされてしまう連続写真。確か、「恐怖の食虫植物」という項だったと思うが、当時(小学校の低学年だったと思う)その不思議な草にすっかり心惹かれてしまったことを覚えている。幼心には動物は動くもの、植物は動かないものであり、それが生き物というカテゴリーの弁別の限りだと信じて疑わなかった。 「まさか、植物が虫を捕まえるなんて」 ハエトリソウは、園芸店の店先でポット売りで並べられていた。 育て方を聞くと、店主が仕事中の剪定ばさみを置いて、丁寧に教えてくれた。ずんぐりとした体格の中年男で、肉厚の手はあかぎれて、腫れていた。水仕事の手だ。 「ハエトリソウはストレスに弱いのであまり触らないでくださいね。こう見えて、繊細な草なんです。ほら、この熊手の中に、触手がついているでしょう。ここがセンサーになっているんです。この触手に触れると、パタンと熊手が閉じて、虫を閉じ込めます。一度閉じられた葉は、エネルギーを使い果たして枯れてしまいます。そしてすぐまた代わりの新しい葉をつけます。 でもね、本当は虫なんて食べなくても生きていけるんです。もともとが枯れた土地につつましく生きる根性の草なんです。肥料を与えると、逆に根が焼けちゃうくらいです。ただ、水だけは絶対に切らさないでください。水びたしになるくらいたっぷりとあげていれば、どんどん増えていきますよ。他には何もいらないんです。直射日光も、あまり良くないくらいです。―水です」 家に持ち帰り、どこで育てようかとしばらく悩んでいたが、台所の出窓に手ごろなスペースを見つけたのでそこに据えた。レースのカーテン越しに淡い日差しが差しているのも具合が良かった。 早速水をあげようと思ってコップに一杯、蛇口の水をひねった。植え込みのミズゴケに狙いをつけて、「水浸しになるくらい」、と思い出しながらコップを傾けると、狙いが少しそれて、株の淵についていた葉に水をかけてしまった。 触手に水が触れるのと同時に、音もなく熊手が閉じた。 腰をかがめて、しばらく眺めていた。 しかし、獲物の不在を抱いたまま、その葉がもう一度開くことはなかった。
by water-factory
| 2009-07-05 16:38
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